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【読書番外編】「歌に私は泣くだらう」

翻訳の仕事&勉強ネタを書いてからプライベートなことを書く…というマイルールを早々に破ってしまいそうでスミマセン…。

積ん読本の解消を課しているせいで、最近はあまり翻訳関連以外の本を読んでいないのですが、それでも時々はすぐ読み終わりそうな軽めの本とか育児本などをちょこちょこと読んだりしています。全く翻訳とは関係ないのでブログには載せないのですが…。
でも、先日、読みながらぐさぐさとワタシの心に刺さってきた本がありましたので、少々書いておこうかと…。



歌に私は泣くだらう: 妻・河野裕子 闘病の十年歌に私は泣くだらう: 妻・河野裕子 闘病の十年
(2012/07/20)
永田 和宏

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「歌に私は泣くだらう 妻・河野裕子 闘病の十年」

河野裕子さんは日本の現代歌壇を代表する歌人でいらっしゃいますが、おととし、乳癌で亡くなられています。
私は、亡くなられる前は「河野裕子という歌人がいる」というぐらいのことしか知らなかったのですが、お亡くなりになられた時に新聞に掲載されていた死亡記事がなんだか印象的で、それ以来、いつかこの方の歌集を読んでみたいなぁと思っていました。
…でも思っているだけで、結局読まないまま2年近く過ぎたのですが、
先日、また何かの書評でこの本の書評を見つけ、どうしても読みたくなって図書館で予約しました。
新刊だったので結構予約が入っていたのですが、ようやく順番が回ってきましたので読んでみました。

この本は河野さんのご主人である永田和宏さんが、河野さんが発病してからの10年間の日々を河野さんの歌を交えながらつづったものです。
河野さんの歌は「家族」をテーマにしたものが多いのですが、ご本人だけではなくご主人、それから娘さん息子さんの一家全員が歌人であるという歌人一家です。


河野さんの生前の写真をみますと、なんとなくかわいらしい感じのする方なのですけれども、
そのかわいらしいイメージからは少々想像し難いのですが、
河野さんは、がんを発症してから次第に精神的に不安定な状態となり、家族に対して攻撃性を増していかれたそうです。突然失踪してしまったりもするのですが、このあたりのくだりは、ご主人の永田さんの苦しみようが読んでいてもとてもつらいです。
ご主人の永田さんは歌人だけが本業というわけではなく細胞生物学者でもあり、
京都大学の再生医科学研究所所長なども務められた方ですので、
医者ではないものの、専門家として癌の知識も豊富な方でいらっしゃいます。
癌をよく知っていらっしゃる方だからこそ、最も身近な方が癌と闘う姿を見ることはとても苦しいことであっただろうと思います。

このご夫婦、普段から激しい感情をぶつけあう夫婦だったとのこと。芸術家ならでは、な感じもします。
音楽でも言葉でも舞踊でも、「表現者」といいますと、その表現技術に目がいきがちですけれども、そもそも、その表現技術に至る前に「表現したいこと」が自らの中になければ表現することすらできないわけです。
内からわき出てくるものがあって初めて、言葉なり音楽なりに昇華させることができるわけですから、日常的にわき上がる感情をぶつけあうことが多かった、というのもなんとなくわかるような気がします。
発症後の病的な精神状態は病気や薬のせいであったようですが、
そういう内なる激しさが、発症後の「攻撃性」の一因でもあったのかもしれません。

その後しばらくしてからは精神的にも落ち着きを取り戻し、数年間は穏やかにくらしていた時期もあったようですが、8年後に再発がみつかります。
先日読んだ「がんの教科書」にも書いてありましたけれども、
通常、癌は5年間再発がなければ根治したとみなされるわけですが、
乳癌と前立腺癌は例外なのだそうです(もっと後になってからの再発の可能性も高いということ)。

再発してからは精神を病むこともなく、
覚悟を決めたかのように毅然とした態度で日々を過ごし、歌を作り続けることにひたすら専念します。
最後は痛みもだいぶひどくなられていたようで、医師から痛み・苦しみを和らげるために痛みに対処してあげたらどうか(=眠らせてあげたらどうか)というお話も出たようです。

「がんの教科書」に緩和ケアの話も少々載っていたのですが、この本の著者(緩和ケアのご専門でもいらっしゃる)は、
「日本人は痛みをがまんすることを美徳とするせいか、多くの患者さんやご家族が「少しでも長く生きる」ことを望まれるのだけど、人生の豊かさは生きた時間の長さとは別で、一瞬一瞬の豊かな時間の積み重ねなのである。痛みに耐えている時間よりも、痛みを取り除き、限られた時間をより豊かにすごすことでより人生が深いものになるのではないか」とおっしゃっています。

たしかにそういう考え方もありですね。
しかし、河野さんご夫婦は、つらい副作用に耐えてでも「少しでも長く生きること」を選択し、治療を続けます。
少しでも長く生き、ひとつでも多くの歌を残し、歌人として生ききることを選ばれたのです。
「人生の終わり」が見えてきたとき、「生の全うの仕方」「死の迎え方」は人それぞれだな、と思うのです。
私はまだ親や配偶者を看取るという経験はありませんが、そのような状況になった時、「どのように人生をまっとうさせてあげられるか」と少し考えてしまいました。

この本が印象に残ったのは「がんの教科書」を読み終わった後に予約の順番が回ってきたからもしれませんね。
長くなりそうなので、最後に河野さんの歌をふたつほど引用させていただいておしまいにしようかと思います。ふたつとも死の前日に残した歌で、もうご自分で書くことはできず、口述筆記された歌です。
まずはご家族への気持ちをうたったもの。

「さみしくてあたたかかりきこの世にて会い得しことを幸せと思ふ」


最後は、死を迎えることの無念さをうたったもの、とでもいいますか、どこからか伸びてきた手にのど元をつかまれたような気分になった歌です。


「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」





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…次回は、ちゃんと勉強ネタにもどることにします…。


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30日は中秋の名月、十五夜でしたね。
おだんごを乗せている台、これまでずっとただの「台」って呼んでたのですが、
「三方(三宝)」という名前がついていることを初めて知りました。

残念ながらチビ達が起きている時間は台風通過中でお月さまは見られず。
私が起きてきて空を見上げますと、まーるいお月さまがきれいに見えました。
チビ達にも見せたかったなぁ。

この季節、体調を崩しがちな我が家ですが、チビ達は少々風邪気味です。
でも、重症化することがずいぶん少なくなりました。
私は元気に過ごしてますが、公私ともにボケぶりを発揮しております。
お仕事では、大量赤ペン修正を入れられてぺっこりへこんだり、
プライベートでは、保育園の大事なプリントをなくして、先生にごめんなさいしてもう一度もらったり、とか。

あ、別にそれは季節のせいではありませんね。


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プロフィール

komako

Author:komako
翻訳会社でオンサイト翻訳者として数年勤務した後、東京を離れたことをきっかけにフリーランスとして2013年に新しいスタートを切りました。2人の子供(6歳、4歳)の相手をしつつ、試行錯誤の毎日を送っています。

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